玉東町の文化財

玉東町指定文化財位置図のサムネイル
以下の玉東町指定文化財一覧がうまく表示されない場合は、ここをクリックしてPDFをご覧ください。

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

1

西南戦争遺跡 吉次峠・半高山戦跡

きちじとうげ・はんこうやませんせき

108,648㎡

玉東町大字原倉2334-57 他

史跡

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

国

平成25年3月27日

明治10年西南戦争の戦場跡。

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

2

西南戦争遺跡 横平山戦跡

よこひらやませんせき

37,669㎡

玉東町大字二俣2445-7 他

史跡

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

国

平成25年3月27日

明治10年西南戦争の戦場跡。

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

3

西南戦争遺跡 二俣瓜生田官軍砲台跡

ふたまたうりゅうだかんぐんほうだいあと

8,929.46㎡

玉東町大字二俣1805-4 他

史跡

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

国

平成25年3月27日

明治10年西南戦争で政府軍が野戦砲台を置いた場所。平成22年の発掘調査で大砲の轍が確認された。

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

4

西南戦争遺跡 二俣古閑官軍砲台跡

ふたまたこがかんぐんほうだいあと

5,962㎡

玉東町大字二俣1918-1 他

史跡

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

国

平成25年3月27日

明治10年西南戦争で政府軍が野戦砲台を置いた場所。

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

5

西南戦争遺跡 正念寺山門

しょうねんじさんもん

75㎡

玉東町大字木葉749

史跡

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

国

平成25年3月27日

明治10年西南戦争で政府軍が大繃帯所をおいた寺。山門が当時の形で残る。

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

6

西南戦争遺跡 高月官軍墓地

たかつきかんぐんぼち

2,304㎡

玉東町大字木葉680

史跡

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

国

平成25年3月27日

明治10年西南戦争の政府軍戦死者を葬った墓地。980基あり、現存する最大のもの。

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

7

西南戦争遺跡 宇蘇浦官軍墓地

うそうらかんぐんぼち

1,718㎡

玉東町大字木葉903-1

史跡

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

国

平成25年3月27日

明治10年西南西南戦争の政府軍戦死者を葬った墓地。399基の墓石がある。警視隊の墓石有り。

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

8

西安寺五輪塔群 附板碑群等

さいあんじごりんのとうぐんつけたりいたびぐん

185㎡

玉名郡玉東町大字西安寺417・427番地

有形文化財 建造物

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

県

昭和47年6月27日

鎌倉中期の五輪塔。五輪塔6基 凝灰岩製、板碑10基安山岩製、一字一石一基安山岩

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

9

西安寺跡

さいあんじあと

3350㎡

玉東町大字西安寺427番地

史跡

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

県

昭和47年6月27日

鎌倉時代に建立された西安寺跡礎石群等遺構

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

10

稲佐廃寺跡

いなさはいじあと

4561㎡

玉東町大字稲佐字切畑399番地

史跡

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

県

昭和47年10月5日

奈良時代末期から平安時代に存続した寺跡。瓦葺の講堂、塔、金堂の礎石が確認されている。

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

11

西原製鉄遺跡

にしばるせいてついせき

玉東町大字原倉字東原636番の35

史跡

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

県

昭和60年6月11日

平安時代末から鎌倉時代初期の製鉄遺跡。炉が残っている珍しいもの。

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

12

山北八幡宮仁王像

やまきたはちまんぐうにおうぞう

19㎡

玉東町大字白木1828番

有形文化財 建造物

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

町

昭和49年10月24日

寛政4(1792)年に寄進された仁王像。盲目の人物が来世への願いを込めて寄進したと伝わる。当初は山北八幡宮の楼門にあったそう。

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

13

原倉清田氏五輪塔附板碑群

はらくらきよたしごりんのとうつけたりいたびぐん

玉東町大字原倉

有形文化財 建造物

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

町

昭和60年10月1日

大友義鎮が肥後に派遣した代官の一人、清田宗甫の供養塔。(宗甫は、天文22(1554)年まで山北21町分の大官職に任じられたことが文献資料に残る)

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

14

西安寺瓦

さいあんじかわ ら

有形文化財 工芸品

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

町

9の西安寺に使われていた瓦。

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

15

稲佐廃寺瓦

いなさはいじかわら

玉東町大字稲佐608-6番

有形文化財 工芸品

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

町

昭和51年8月21日

10の寺に使われていた瓦。

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

16

窪田家古文書

くぼたけこもんじょ

玉東町大字木葉字横町993番地

有形文化財 書跡

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

町

昭和51年8月21日

2通

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

17

伊形霊雨の墓

いがたれいうのはか

509㎡

玉東町大字木葉字段1283番

史跡

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

町

昭和45年6月1日

江戸時代中期の詩人、伊形霊雨一族の墓。霊雨は木葉に生まれ、明和2(1765)年に藩校時習館に入学、教授もつとめたが、晩年地元に戻って余生を過ごした。編著には『霊雨山詩集』『民草婦利』がある。享年43歳(1787没)。木葉川の麓に葬られたが、鉄道開設の際に今の地に移された。

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

18

大谷石器製造所跡

おおたにせっきせいぞうじょあと

190.660㎡

玉東町大字原倉字大谷2455、2456番地

有形文化財 遺跡

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

町

昭和45年6月1日

縄文時代の石器製作所。安山岩の割石が確認されている。

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

19

むくろじ製鉄所跡

むくろじせいてつしょあと

6312㎡

玉東町大字原倉字荒強当2403番地

史跡

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

町

昭和45年6月1日

平安時代末の製鉄遺跡。ふいごの羽口等が発掘された。

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

20

有栖川の宮督戦の地

ありすがわのみやとくせんのち

1173㎡

玉東町大字木葉826番

史跡

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

町

昭和47年4月1日

明治10年西南戦争で政府軍征討総督有栖川宮が督戦された地。現在は公園地。中世城跡でもある。

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

21

梛群

なぎぐん

玉東町大字稲佐399番地 (熊野座神社内)

天然記念物

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

町

平成9年12月1日

まき科常緑高木

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

22

楠

くすのき

玉東町大字木葉1164番地(宇都宮神社内)

天然記念物

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

町

平成9年12月1日

くすのき科常緑高木

番号 名称 よみがな 面積 所在地 分類・種類

23

一位樫

いちいがし

玉東町大字原倉 番地

天然記念物

指定区分 指定年月日 所有者 管理者 概要 写真

町

平成9年12月1日

穀斗カシ属の常緑高木